東大寺
🏯 寺院

東大寺

📍 奈良市 🌸 春秋 ⏱ 1〜2時間 📅 752年創建

当所について

東大寺(とうだいじ)は、「華厳宗(けごんしゅう)」の大本山であり、日本を代表する最も壮大で象徴的な寺院の一つです。奈良公園の中心に位置するこの聖域には、宇宙の真理を象徴し、国家の安寧を願って造立された巨大な青銅製の「大仏(廬舎那仏:るしゃなぶつ)」が安置されています。世界最大級の木造建築物である「大仏殿」は、その圧倒的なスケールで訪れる人々を魅了します。巨大な檜(ひのき)の柱と重厚な構造の前に立つと、誰もが自らの小ささを感じ、奈良時代の精神的・文化的な偉大さに圧倒されることでしょう。神の使いとされる鹿や古の森に囲まれた東大寺は、単なる寺院の枠を超え、仏教が国家の礎となり、日本中に平和と繁栄の光を照らした時代の生きた証です。ユネスコ世界文化遺産にも登録されており、今もなお、人々に永遠の驚嘆と静寂を与え続けています。

由緒

東大寺の歴史は、神亀5(728)年、聖武天皇が幼くして亡くなった皇太子・基王(もといおう)の菩提を弔うために建立した「金鍾寺(こんしゅじ)」に始まります。天平13(741)年、聖武天皇は国分寺建立の詔(みことのり)を発し、金鍾寺はその総本山へと昇格しました。さらに天平15(743)年、相次ぐ天災や疫病から国を守るため、天皇は「大仏造立の詔」を宣明されました。廬舎那仏(るしゃなぶつ)の鋳造は紫香楽(しがらき)で始まり、天平勝宝元(749)年に完成。天平勝宝4(752)年には、聖武太上天皇や光明皇太后、そしてインドの僧・菩提僊那(ぼだいせんな)ら世界中から僧侶が参列し、大仏に魂を入れる「大仏開眼供養(だいぶつかいげんくよう)」が盛大に執り行われました。

東大寺は華厳宗の本山として、また全国の国分寺を統括する総国分寺として栄えましたが、治承4(1180)年の平重衡による南都焼討や、永禄10(1567)年の三好・松永の戦いなど、二度の戦火により主要な伽藍を焼失しました。現在の「大仏殿」は宝永6(1709)年に再建されたもので、資金不足などの理由により、創建時の約3分の2の規模となっています。大仏そのものも幾度もの修復を経て、元禄5(1692)年に現在の姿へと整えられました。1998年には「古都奈良の文化財」の一部として、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。

🎴 豆知識

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大仏(廬舎那仏)は座高14.98メートル、重さは約500トンに及び、青銅製で創建当時の金メッキの痕跡が残っています。開いた手のひらは大人一人が乗れるほどの大きさで、顔の幅だけでも5メートルを超えます

02

現在の大仏殿は世界最大級の木造建築ですが、創建時(間口約88メートル、奥行約52メートル)の約3分の2の規模に再建されたものです。84本の巨大な檜の柱は、当時の建築技術の粋を集めたものです

03

大仏殿内の一つの柱には、大仏の鼻の穴と同じ大きさの穴が開いています。ここをくぐり抜けると「無病息災」や「悟り」が得られるという言い伝えがあり、特に子供たちに人気です

04

創建当時は、東塔と西塔という二つの七重塔(または九重塔)がそびえ立っており、当時の日本で最も高い建造物でしたが、現在は焼失し礎石のみが残っています

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天平勝宝4(752)年の大仏開眼供養は、アジア各地から数千人の僧侶や使節が集まった、日本史上最も壮大な国家的儀式の一つでした

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大仏以外にも、南大門に安置された運慶・快慶作の金剛力士像(国宝)など、13世紀の鎌倉彫刻を代表する圧倒的な迫力の仏像が安置されています

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正倉院(しょうそういん)には、シルクロードを経て伝わった宝物を含む9,000点以上の天平時代の至宝が収蔵されており、毎年秋の「正倉院展」でその一部が公開されます

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神の使いとされる「奈良のシカ」たちが境内に自由に姿を見せ、聖域に神秘的で穏やかな彩りを添えています

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東大寺を本山とする華厳宗(けごんしゅう)は、宇宙のあらゆる事象が互いに関連し合っているという「重々無尽(じゅうじゅうむじん)」の教えを説いています

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二月堂で行われる「修二会(お水取り)」は、3月に行われる高名な法会であり、聖なる水を汲む儀式や巨大な松明が舞う姿は、春を告げる行事として多くの参拝者を魅了します

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幾度もの焼失と再建を繰り返しながらも、東大寺は「仏教の力で国家の安寧と平和を願う」という聖武天皇の崇高な理想を今に伝え続けています

📍 アクセス